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2012年7月

2012年7月17日 (火)

ダラスコ工房へのアイディア、ありがとうございました

6月末に募集しました、被災したクロマツを使った木工小物のアイディア
多数のアイディアをお寄せいただきました。
7月上旬、しぶきの会代表の坂本さまへお届けいたしました。

皆様ありがとうございました。

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Image_11 南部鉄瓶にあうシンプルな鍋敷き、ハンガー、木製のドアベル(チャイム)、木のおままごとセット、コースター、プランツフレーム、ホタテ型のカスタネット、木琴、カードホルダー、お守りのペンダントなどなど。アイディアだけではなく、見本を作って送ってくださった方や、スケッチを送ってくださった方など全国から沢山のアイディアをお寄せいただきました。

木製パズルの原案も群馬県のT様のアイディア他4種、出来上がり、それらをまとめて、お送りいたしました。

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Image_11_2先日、しぶきの会代表の坂本さまより、お礼のお手紙とダラスコ工房の新作[ホタテペンダント]をいただきましたので、シェアさせていただきます。

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三陸名物の「やませ」が晴れた日に、心温まるお便りと沢山のアイディアを受け取りました。ありがとうございます。

私の方こそ、萎えかけていた心に勇気が溢れ、また一歩前に進むことができました。お便りが届いた時、ちょうどお手紙を書こうと便箋を出してきたところでした。そのタイミングでの受取でしたので、それだけで嬉しくなって子供みたいに笑ってしまいました。はしゃぐことに飢えていたのですね。あたらめて「ありがとう。」
昨日6日、ダラスコ工房の大沢さんにマイ箸プロジェクトさんからのプレゼントを渡しました。目をキラキラさせて、「これをつくってガソリン代を稼ぐぞ!」と大きな声で言ってくれました。被災後、こんな言葉は初めてです。
(ちなみに…ガソリン代、とは工房に集まるオヤジさんたちへのお給料(木工小物を売った売り上げを製作者でシェアしたもの)の事)
アイディアには販売許可が描かれていたので、すぐにでも「まるきん」さんの店頭に並べられそうです。水族館も早速当たってみることにします。

Image_6_2注)この写真のフェルトでできた「野田村の海の仲間たち釣りセット」は福岡県のM様より、木工パズルの原案(型紙とデザインの見本)で送っていただいたものです

フェルトで作ったお魚釣りセット。これはとっても楽しい。これは是非皆で集まって作ってみます。

以下略…

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Image_12こちらは、ダラスコ工房の新作、ほたてのペンダントです。こちらに添えられているカードにはこう書かれています。

[龍ちあがれ、野田!]たつ・のだ

岩手野田村ホタテのお守り

スペインの巡礼地リアス地方から名前をいただいたリアス式海岸。12世紀にはじまった巡礼では、人々はホタテ貝をお守りに下げて歩いています。そして三陸リアス式海岸にある野田村の特産品もホタテ貝。昭和8年の大津波の後、村民の手で防潮林として植えられたクロマツの木は、東日本大震災で村を津波から守りながら倒れました。そのクロマツで皆様のお守りになれるよう、1つ1つに願いを込めながら作りました。お子様が口にしても害がないよう、オリーブオイルで仕上げています。 岩手県野田村けっぱる父さん ダラスコ工房 売り上げの一部を千年の松基金として活用させていただきます。(写真は現在の浜の様子と5年前に撮影されたクロマツの浜を比べた写真)

こちらの商品は、先日7/8に盛岡で開催された復興バザーで」販売されたそうで、その模様は野田村観光協会様のブログこちらをクリックに掲載されています。

現在、オヤジさん達が製品化に向けて試作品の製作を行ってるそうです。
近いうちに…マイ箸のアイディア商品が野田村で販売されるかもしれません。
また、後日皆様にご報告させていただきますね。

色々とご報告が他にもあるのですが、また次回…

いつも三陸の心を寄せてくださってありがとうございます。

 

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2012年7月 3日 (火)

岩手へ行ってまいりました・最終回 

野田村観光協会様の観光イラストマップがH24度6月版になりました。ぜひご覧ください。

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 イラストマップ左下、三陸鉄道・陸中野田から乗 り込んだ列車は「リゾート・うみねこ号」、週末や観光のトップシーズンにのみ走るイベント列車でした。八戸(八戸線)~田野畑(三陸鉄道)間の定期列車2往復を窓の大きな座席が両側の窓の方向に向かって設置されてる「リゾートうみねこ」と、三陸鉄道「36系レトロ調車両+36系一般車」編成にそれぞれ変更し、相互に乗り入れをしています。この「リゾートうみねこ」は指定席もあり、この日は被災地支援観光ツアーのお客様で満席でした。
 出発してからも、列車のスピードはあがりません。この列車の車内では解説のアナウンスが入ります。大きく被害の爪痕が残る場所や風光明媚な名所に差し掛かると停車、または減速して車窓からゆっくり景色を見ることができます。

 偶然なのですが、その日私が乗ったリゾートうみねこ号に、野田村観光協会の方が乗って取材していたようで…野田村観光協会のブログで陸中野田~田野畑までが素敵な写真入りでブログで紹介されていました。(クリックしてジャンプします)

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77車内アナウンス:進行方向左側、野田村の皆様の大切な財産のかけらをご覧いただいております」
 イラストマップE地点
のさらに奥、町はずれの中間処理場。野田村米田地区の災害廃棄物仮置き場がありました。

 コンクリート片、鉄片、家電類、木片…分別済みのものが集積されていました。また粉砕作業を行っている簡易施設もありました。遠目では冷蔵庫に見えていた山がお風呂の浴槽であることがわかりました。同じ浴槽でも、金属のもの、セラミック樹脂のもの、種類はいろいろで、それらもこれからおそらく人力で素材の種類を調べ分けていくのだと思います。
 鉄系の山にしても、鉄、アルミ、銅、これからそれぞれの金属の種類に分けていかなくてはならないのです

 

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 私は素人、ただの主婦の目から見た意見しか書けません。専門の知識もありませんので、瓦礫の広域処理問題などに意見できる立場ではないのですが~
 これは広域処理云々以前に…「燃やす」こと「埋め立てる」事よりも何よりもまず、分別することに膨大な時間と労力がかかると感じました。
そしてそれはまだまだ、途方もない時間がかかる。そう思いました。

 遠く九州まで運搬する費用は分別や再生処理の方に回した方がいいんじゃないの? 
 これが正直な感想です。
運搬と処理のコストを考えれば、広域処理はせいぜい半径500キロ圏内(具体的に言えば東北、関東、一部中部エリア)の自治体でのごみ焼却に余裕がある場所で行われるべきなんじゃないかと思います。比較的被害が少ない方である野田村の一部の処理場だけでこの量です。三陸沿岸部すべてのエリアのことを想像するだけで眩暈がしそうです。

 [各自治体で焼却炉を作ればいいじゃない]そんな意見も耳にしますが、地元にそれを処分するためだけの焼却処理施設を作っている場合ではないと感じました。処理施設を建てたところで、職に就ける人間は数年間限定で数人のオペレーターだけです。瓦礫の処理が終わった時点で焼却炉は不要なものになってしまいます。そして実際一番労力が必要なのは分別とリサイクルの部分です。(実際に焼却施設を建てたところもあるようですが。)
 そして、バイオマスなど、震災瓦礫の処理が終わった後でも地元でおおいに活用していける処理場の設置をするべきだと思います。原子力発電に変わる次世代エネルギーのためにも将来的に非常に有効だと思います。

 瓦礫で通学路がふさがっている訳じゃないし置き場所はあるんだから運ばなくてもいいんじゃない? そういった声もちらほら聴きますが、私はそれは違うと感じました。
 実際行ってみると、三陸は海からいきなり山もしくは崖(専門用語を知らずアホっぽい書き方ですみません。)という場所が多いんです。海から山までの間の平地が極端に少ない。道がふさがっている状況ではありませんが、人が住むすぐ近くに集積場や仮瓦礫置き場があり、人々はそれを目にしなから生活していかなくてはならないのです。


 
 
瓦礫の処理、町の復興、なかなか進まない高台移転計画、まだ検討段階の新しい防災計画、商業の復興、人口の流出…いろんな問題が絡み合ってもつれて「何から手を付けたらいいのかわからない」そんな印象です。こんがらがった糸をほどいていくのに進めやすいところから作業を始める、その糸口が瓦礫の処理だと思いました
 何度か書きましたが、「震災瓦礫=もと生活のかけら」です。
それがどうしてこんなに…
そこにあるだけでマイナスのオーラを発するのか

 爪は自分の指に生えている間は体の一部として何の特別な意識もなく、
「いつもあたりまえにそこにある」ものです。
 では「爪切りで切った爪や、やすりで削った爪の粉がテーブルに散らばってたら」。
想像してみてください。ちょっとぞっとしませんか?

 さっきまで、伸ばしたりマニキュアを塗ったりしていたのに、体から離れると自分の一部だったものにもかかわらず「いやなもの」になりませんか?
 髪の毛だって同じ。見栄えをよくするためにカラーしたりカットしたり。
でも美容院に行って切った後の毛が床に沢山散らばってるとちょっとゾッとしませんか?
自分や家族の抜け毛が部屋中にいっぱい落ちてたり、部屋の隅に毛玉になって落ちてたら…
 そんなイメージをしていただくと、この
震災瓦礫の放つマイナスのオーラの禍々しさを少し感じていただけると思います。

持ち主を無くした無機物が発する圧倒的な絶望と悲しみのマイナスのオーラ
 
とにかく、早急に効率よく処理しなければ。
 町が、人の心が病んでしまう。

 そう感じました。 

田野畑~宮古 

82田野畑駅から小本まではまだ復旧していないので、田野畑駅からは町営バスで山間の道を30分小本まで行きます。
 うみねこ号には被災地ツアーの方が沢山乗っていらして、その方たちは田野畑から観光バスに乗車されていました。そ​れ以外の一般客&一般観光客は先に進むにはどうしても町営バスに乗らないといけないのですが…この日は土曜日、バスに乗りきれないほどの一般客が。都心の朝の通勤ラッシュ並みにぎゅう詰めになった車内、くねくねの山道、小本までの30分間はかなりしんどかったです。
 田野畑~小本で目立ったのは酪農。このあたりでは牧草地ではない山間部に牛を放牧して育てる酪農を行っているところがあります。この山地酪農で育てられて牛のお乳は、夏はさっぱり、冬は濃厚なミルクになります。

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小本駅では1時間の待合時間。付近を散策します。海辺へは徒歩では往復するのに時間的に余裕がなく行くことができませんでした。駅前には岩泉の龍泉洞方面へ行く定期観光バスがありましたが、個人タクシーもありません。(もし行かれる人がいらっしゃったらご注意ください)小本駅は小本観光センターから入ります。初めて行った人は駅だと気が付かないと思います。小本駅とは表記が建物にありません。(これは珍百景レベル?)観光センターというにはゴニョってしまいそうな雑貨店の一角が切符売り場になっていて、階段で2階に上がり、廊下を通って3Fへ行くとホームになります。 小本から終点の宮古へは2両編成の三陸鉄道です。後方の2両目​は「てをつな号」でした。
 「てをつなごう」はマイ箸プロジェクトもアイテムを送る際に段ボールの4辺にラベルとして使わせていただいていました。それだけに愛着もあり、実際の車両を見たときは感慨深いものがありました。
 列車内は全国から寄せられた三陸鉄道への復興祈願の言葉やイラストなどが沢山飾ってありました。
鉄道ファンからは愛されていた列車なんですね。

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 ここから先、宮古までは沿岸部を離れ山間部を走ります。トンネルが沢山ある単線。懐かしく優しい風景が続きました。
田老の辺りは再び沿岸部を走ります。…土台以外全部流された住宅地が広がります。田老町はスーパー堤防の町としてご存じの方も多いと思います。(マイ箸プロジェクトでも、マイ箸、エコバックやマグカップなどお届けしてきました)

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スーパー堤防は高さ10m、総延長2500mの巨大防潮堤で、1960年のチリ地震による津波の時も、津波からの被害を最小限に食い止めたことで有名です。町の至るところに津波避難所となる高台への案内図が設置されていて、「昭和8年の津波の時はここの地点で10メートル」など、パネルがあり、住民は非常に高い防災意識を持って生活しています。
明治29年以来3度の津波から町を救ってくれた日本一のスーパー防波堤も、今回の3.11の津波では防潮堤を越えて地区を破壊しました。
田老地区の町はずれにも集積場が。もちろん、未分別。ただここに集めてある、そんな印象です。駅の駐輪場は屋根が流されなくなったまま残っていました。

93 宮古は山田線(宮古~盛岡)の乗継時間がほとんどなかったため、町を見る余裕がありませんでした。
山田線は単線、無人駅も多いローカル線。ひたすら夕暮れの緑の山の中を走ります。

 こうして駆け足の岩手・野田村の旅は終わりました。
見なければわからないこと、質問しなければ知らなかった事が沢山ありました。

 

強く感じたことは、三陸が次のステップに行くためにはまだ、元気で余力がある人たちのお手伝いが必要だという事。
 それはメンタルケアだったり、新しい街づくりへのプランニングだったり、新しい産業への転換の提案だったり、地域にによって様々です。
 野田村とのご縁、苫屋さんとのご縁…ハンドメイドで支援を続けてきたマイ箸プロジェクト、もう少し三陸の皆さんの「ものづくり」のそばに寄り添っていきたいと思います。

 つたない旅日記を読んでくださってありがとうございます。
一緒に旅をしている気分になっていただけましたでしょうか。

 次回は皆様から募集しましたグラスコ工房の作品のアイディアのご紹介と、福島の産科へお届けさえれたベビースタイのご報告をさせていただく予定です。

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